山家集 - 西行
いったいこれはどうしたことか、人並みにも数えられない身のほどでありながら、あの人を恨む心になったのだろう。
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つらい折ふしを、まっ先に思い知る涙であることよ。世の中はそういうものだと自分を慰めるけれども。
さまざまに思い乱れる私の心を、あなたのもとにひとつに束ね集めている。
物思いをすると、心は千々に砕けてしまう。信太の森の楠の千枝ではないけれども。
こんな身の上に育て上げたのであろう親までもが恨めしく思われるような、つらい恋をすることだ。
気がかりなことだ。前世のどんな行いの報いがめぐって来て、心を責めさいなむ仇となっているのだろうか。
乱れる心を休めることもできない私の口癖は、ああ、ああと嘆くことばかりなのだろうか。
身のほどを知っているので、あの人のせいだとは思わないのに、まるで恨んでいるような顔つきで、涙に濡れる袖であることよ。
なまじ親しく馴れてからのつらさに比べると、疎遠であった頃の恨みは、まだ平静でいられるものであった。
あの人はつれなく、私の嘆きは少しも慰められない。それでは、これはいったいどうすればよい心なのか。
日がたつにつれて、恨みはますます大海のように満ちあふれる、私の思いであることよ。
そのようなこともあったのだなあと思い出しては、あの人を偲ぶ心を、人に知られぬよう忍んでおけと思う。
今日こそ思い知った。「思い出してね」と約束したのは、私を忘れようとしての情けの言葉だったのだ。
難波潟では、波ばかりがますます数を増して寄せてくる。そのように恨みが絶え間なく続く中で、袖が乾くひまなどあろうか。
深い愛情があるときだけ人を訪ねるものだろうか、いやそうではない。せめて情けくらいは、なぜかけてくれないのかと思うばかりだ。
なまじ「あなたの気持ちはよく分かる」という言葉は、何の便りもくれないことよりも、かえって恨めしいことだ。