山家集 - 寂然
見舞ってほしいものだ。別れの悲しみの涙で袖に露がしげく置き、蓬の生い茂る下に住む、この心細さを。
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待ちわびてしまった。後に残る者と先立つ者との悲しみをも、あなたでなくて、いったい誰が見舞ってくれるだろうか。
亡くなった兄が、もし再びこの世の跡を見るならば、弔いに訪れないあなたの心を恨むことであろうか。
どうしようもない。残された者の悲しみは見舞ってくれなくても、せめて亡くなった人の行方は尋ねて弔ってほしい。
かえって見舞わないことには、深い心があるのかもしれない。浅はかにも恨んでしまったことだ。
山家集 - 西行
分け入って蓬に置く露をこぼすまいと思って訪ねないでいるのも、人を思いやって見舞うことではないだろうか。
よそごとと思う別れではないので、わが身のほかに誰を見舞うべきであろうか、自分自身を見舞うようなものだ。
分け隔てのない仏法の言葉にすがって、亡き人は極楽の蓮の露に、哀れをかけていることだろう。
亡き人を偲ぶ思いが慰められるのならば、その跡を千度でも訪ねて弔いもしようが。
仏の教えは言葉がなくても説かれると聞くので、深い哀れの思いは、見舞わないままに心で思っているのだ。
主を失って露の深い野辺のように荒れてゆく故郷の家は、思いやるにつけても涙で袖がしおれることだ。
どこかで眠り込むようにして、行き倒れて伏すのだろうと思う、その悲しさよ、道ばたの芝に置く露のようなわが身は。
目を覚まそうと思う心があるというだけで、長い眠りの夢が覚めることがあろうか、いや覚めはしない。
風の荒い磯にしがみつくようにして暮らす漁師は、つないでいない舟のような心地がすることだ。
大波に引かれて沖へ出てしまったような心地がして、助け舟もない沖で揺られていることだ。
亡き人の跡を、誰のものとも知らないけれど、鳥辺山では、塚の一つ一つがもの寂しく見える夕暮れであることよ。