山家集 - 西行
波の高い世の中を漕ぎに漕いで渡って、人はみな、最後には船岡山を泊まりとすることだ。
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死んで横たわるであろう苔の筵のことを思うと、そのときの寂しさが前もって知られる、岩陰に置く露であることよ。
私が露と消えたならば、蓮台野に送っておいてほしい。極楽往生を願う心を、その地の名に表そう。
花山院が桜の木の下に住まわれた跡を見たことだ。那智の高嶺の花を尋ねて来て。
どれほどいっそう、西へと傾いてゆく月の光を、あなたはいつもよりも深く慕っていることだろう。
山家集 - 待賢門院堀河
西方浄土へ行く道しるべと頼りにしている月の光が、空からあてにさせただけで、甲斐のないことであった。
差し込まずに雲の通い路を避けて通った月の光は、あなたが待っていないお心が、空にはっきりと見えたからである。
あなたが広めようとしている仏法の場に居合わせない身であっても、その評判を聞く人々の数に入らないことがあろうか。
山家集 - 寂超
人づてに聞く末流であっても、仏法の水は、汲む人の心によって深くなるのであろう。
山家集 - 生光
寺を造るこの私の谷に、土を埋めてください。あなたほどの人だけが、山をも崩すことができるでしょう。
山を崩すほどの力は私にはとても難しいけれども、心の工夫を添えて、お手伝いはいたしましょう。
釈迦の説法の座に人々が連なった昔と少しも変わらないだろうと、思い知らされた法会の庭であったことよ。
釈迦の説法の昔に漏れてしまったであろうことの悲しさは、昨日の法会の庭で心が晴れ、満たされたことだ。
消えてしまいそうな仏法の光の灯火を、高く掲げる和田の泊まりであることよ。
浅くない仏との宿縁のほどが、自然と汲み取られることだ。亀井の水を汲み、そこに自分の姿を映しながら。
山家集 - 院
めったに出会えない尊い仏法に逢う、その扇の風であるならば、心の塵を払ってほしいと思う。