山家集 - 西行
罪人が死ぬこともできずに、燃えさかる火の薪になっているであろうことが悲しい。
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朝夕に産んだ子を食べて自らの養いにすると聞くと、餓鬼の苦しみは、ほかの苦しみにもまさって悲しいことであろう。
神楽歌に、草を取って駒に飼うと歌われるのは趣深いけれども、やはりその駒に生まれ変わることはつらい。
つまらないことだ。争うことを楯として、怒りばかりを心に結ぶ、その心は。
生まれることの難しい人間に生まれてきた甲斐があって、悟りを求める心があってほしいものだ。
雲の上の天上界の楽しみといっても甲斐のないことだ。そのままずっと住み続けることはできないのだから。
濁っている心の水が少ないところに、どうして月の光が宿ることがあろうか。
なんとかして私は清らかで曇りのない身となって、心の月の光を磨きたいものだ。
逃れることもできず、ついには誰もが行かなければならない死出の道を、それでは知らないでいて、どうして過ごしてゆけようか。
愚かな心にばかり身を任せてよいものだろうか。心の師となることもあると聞くのに。
野に立っている枝のない木にも劣るのであった。後世のことを知らない人の心は。
わが身のつらさを思い知ることもなく終わってしまったであろうか。世を捨てるという習わしのない世であったならば。
どこに身を隠せばよいだろう。この世を厭うても、憂き世のなかに深い山がなかったならば。
わが身のつらさを逃れる隠れ家にしようという山里には、心構えをもって住むべきであったのだ。
しみじみと身にしみる涙の露がこぼれたことだ。草の庵を結ぶことになったこの宿縁には。
さまよい出てゆく心は、わが身の思うようにもならないので、どうなろうとも、どうしようもないことだ。