山家集 - 西行
とをちさすひたの面に引いてゆく潮に、沈んでゆく心が悲しいことだ。
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垣根に咲く花に親しんで飛ぶ蝶が、うらやましくもあり、またはかなくもあることだ。
移ろいやすい色のことはともかく、その名前までもはかない露草の花であることよ。
風が吹けばはかなく破れてゆく芭蕉の葉のように、今生きているからといって、わが身を頼みにできようか。
古い里の蓬は、この家の何であるというので、荒れてゆく庭にまっ先に茂るのだろう。
古い里は、かつて見た頃とは似ても似つかず荒れ果ててしまった。昔の人はどこへ行ってしまったのだろう。
時雨が降ると、時雨とともに山々をめぐる心であることよ。いつまでこうしていられるのかとばかり思って、しおれながら。
はらはらとこぼれ落ちる涙がしみじみと哀れである。こらえきれずに、きっと物悲しいのであろう。
何ということもなく、芹と聞くとしみじみと哀れである。芹を摘んだという人の心が思い知られて。
山人よ、吉野の奥への道案内をしておくれ。花も尋ねたいし、またほかにも思うところがあるのだ。
悲しみに沈む人の涙に似た桜であることよ。風が身にしみると、まっ先にこぼれ落ちて。
吉野山に入ったら、そのまま出るまいと思っているこの身を、花が散ったら帰って来るだろうと、都の人は待っているのだろうか。
人も来ず、心も散ることがないので、山陰の住まいは、花を見るのにも都合がよいのであった。
風の音によって、物思いをする私の心の色を染めて、身にしみわたる秋の夕暮れであることよ。
私自身なのであろうか、風に悩まされる篠竹は。起きては伏し、何とも心細そうで。
もし来世でもこのような月を見ることができるのならば、命を惜しむ人はいないだろうに。