古典和歌stream

山家集 - 西行

峰の上も同じ月こそ照らすらめ
所がらなるあはれなるべし

ほかの峰の上も同じ月が照らしているのだろうが、この深い哀れは、この場所ならではのものであるにちがいない。

詳細を見る

山家集 - 西行

月澄めば谷にぞ雲は沈むめる
峰吹き払ふ風に敷かれて

月が澄んでいるので、雲は谷の方に沈んでいるように見える。峰を吹き払う風に押し敷かれて。

詳細を見る

山家集 - 西行

姨捨は信濃ならねどいづくにも
月澄む峰の名にこそありけれ

姨捨というのは信濃国でなくても、どこであっても、月の澄む峰の名であったのだなあ。

詳細を見る

山家集 - 西行

いかにして梢の隙もを求め得て
小池に今宵月の澄むらん

どのようにして木々の梢のすき間を探し当てて、この小池の水に今夜月が澄んで映っているのだろう。

詳細を見る

山家集 - 西行

庵さす草の枕に伴ひて
笹の露にも宿る月かな

仮の庵を結んで草を枕に寝る旅に連れ添って、笹の露にまでも宿っている月であることよ。

詳細を見る

山家集 - 西行

梢漏る月もあはれを思ふべし
光に具して露のこぼるる

梢を漏れてくる月も、あわれを感じているにちがいない。その光に連れ立って、露がこぼれ落ちてくることだ。

詳細を見る

山家集 - 西行

神無月時雨晴るれば東屋の
峰にぞ月はむねと澄みける

十月、時雨が晴れたので、東屋の峰にこそ、月はとりわけ澄みわたっていたことだ。

詳細を見る

山家集 - 西行

神無月谷にぞ雲は時雨るめる
月澄む峰は秋に変はらで

十月、谷の方でこそ雲は時雨を降らせているようだ。月の澄む峰の上は、秋と変わることなく。

詳細を見る

山家集 - 西行

神無月時雨ふるやにすむ月は
曇らぬ影も頼まれぬかな

十月、時雨の降る古屋に住む月は、今は曇らぬ光であっても、あてにすることができないことよ。

詳細を見る

山家集 - 西行

あはれとて花見し峰に名をとめて
紅葉ぞ今日は共にふりける

あわれと思って花を見たこの峰に名を残して、今日はその卒都婆に紅葉が降りかかり、ともに古びていることだ。

詳細を見る

山家集 - 西行

分けて行く色のみならず梢さへ
千種の岳は心染みけり

分けて行く草の色ばかりでなく、梢までもが色とりどりで、千種の岳は心にしみることだ。

詳細を見る

山家集 - 西行

笹深み霧越す岫を朝立ちて
なびきわづらふ蟻の門渡り

笹が深いので、霧が越えてゆく峰を朝早く出立して、身をかがめ難渋しながら渡ってゆく、蟻の門渡りであることよ。

詳細を見る

山家集 - 西行

屏風にや心を立てて思ひけん
行者は帰り稚児は泊まりぬ

屏風を立てるように、屏風立ての難所に心を張りつめて思い悩んだのだろうか。行者は引き返し、稚児はとどまってしまった。

詳細を見る

山家集 - 西行

身に積もる言葉の罪もあらはれて
心澄みぬる三重の滝

この身に積もった言葉の罪までも洗われ、あらわになって消え、心が澄みきった三重の滝であることよ。

詳細を見る

山家集 - 西行

こここそは法説かれける所よと
聞く悟りをも得つる今日かな

ここがまさに仏法が説かれた所なのだと聞いて、その教えを聞く悟りをも得た今日であることよ。

詳細を見る

山家集 - 西行

よしさらば幾重ともなく山越えて
やがても人に隔てられなん

ええ、それならば、幾重とも知れず山を越えて行って、そのまま本当に人から隔てられてしまおう。

詳細を見る