山家集 - 西行
山吹の花の咲く井手の里こそは、拾い残しの落ち穂のようなものだとは思わないでほしい。
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絶え間なく降ってくる雨脚の数よりも、さらに数限りなく続くわが君の御代であることよ。
千年を経るはずのものをそっくり集めたとしても、わが君の齢の長さを知ることなどできようか、いやできはしない。
苔に埋もれた、揺るぎない岩の深い根は、わが君の千年の命を固めているにちがいない。
群れをなして飛び立ち、空高く鶴の鳴く声がするようだ。わが君の千年の命が、空に見えているのだろうか。
沢辺から巣立ちを始める鶴の子は、松の枝に初めて移り住むのだろうか。
大海の潮が干上がって山になるまで、わが君はいつまでも変わらない君でいらっしゃってください。
わが君の御代の長さの手本として、何を思えばよいだろうか。もし変わることのない松の緑の色がなかったならば。
わが君の御代は、大空の星なのだろうか。数も知れないほど限りない心地ばかりがして。
光の差す三笠山の朝日こそが、まことに万代までも続く御代の手本であることだ。
万代まで続く御代の手本として引き抜こう。亀山の裾野の原に茂る小松を。
数知れず打ち寄せる波に下枝の色を染めて、いっそう神々しさを増してゆく住吉の松であることよ。
若葉の萌え出た平野社の松は、さらにまた、その枝に八千代の数を加えていくことだろう。
竹の色も、わが君の変わらぬ緑に染められて、幾世とも数えきれないほど久しく続くにちがいない。
千年を経るであろう二葉の松のこれからの成長を見る人は、どんなにか嬉しいことだろう。
あなたのために五葉の松で子の日の遊びをしたことだ。幾度も千年を重ねて生きられるしるしとして。