山家集 - 西行
子の日の遊びをする野辺では、私こそが主であるのに、五葉でないからといって、引いてくれる人がいないことだ。
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この春は、枝々に至るまで栄えるにちがいない。枯れた木にさえ花は咲くようであるから。
しみじみと、深い誓いが頼もしく思われることだ。清らかな流れの底まで汲み取られるように、心の奥底まで汲み取られて。
行く末までその名が流れ伝わるのだろうか。いつにもまして月が澄みわたって映る、白河の水は。
風も立たずに波の静まっている浦々で、人々は群れをなして小貝を拾うのであったよ。
難波潟では、潮の引いた時には群れをなして出かけよう。白洲の崎の小貝を拾いに。
風が吹くと花の咲くように白く砕ける波が折れるたびに、桜貝が打ち寄せられる三島江の浦であることよ。
波が洗う衣の浦の貝を、波打ち際に風が衣をたたむように置いていくことよ。
波がかかる吹上の浜の簾貝よ。風が吹き下ろしてさらっていってしまうといけない、急いで拾おう。
潮が赤く染めるますほの小貝を拾うということで、色の浜と言うのであろうか。
波の打ち伏す竹の泊りの雀貝は、嬉しい御代にもめぐり逢ったことよ。
波の寄せる白良の浜の烏貝は、白い浜に黒く目立って、拾いやすく思われることよ。
生きる甲斐があることだなあ。わが君の御袖に覆われて、心に添わないことも何一つないこの御代は。
山が深いので、なるほどこうもあろうかと思われるように聞こえてきて、音のしみじみと哀れな谷川の水であることよ。
山が深いので、槙の葉を分けて差し込む月の光は、鋭く激しいもので、ぞっとするほど寂しいものであったよ。
山が深いので、窓辺の所在ない退屈を慰めに訪れてくるものは、色づきはじめた櫨のまっすぐ伸びた枝であることよ。