山家集 - 寂然
秋も山路も、ともに深いので、鹿の声も悲しく、そのように悲しい大原の里であることよ。
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山家集 - 西行
長く絶えていた君の御幸をようやく待ち迎えて、住吉の神はどれほど嬉しく思っておられることだろう。
昔、松の下枝を洗ったという波を、心にかけて、今もこうして見ることだ。
紫の色のない頃の野辺なのだろうか。斎院のいない片祭りで、誰も掛けない葵は。
神の世までも変わってしまったと見えることよ。その祭の作法が、昔のようでなくなったことにつけても。
御手洗川の流れはいつも変わらないだろうに、流れの末、末の世になったので、浅ましい世であることよ。
榊の葉に木綿四手を掛けるように、心を掛けて祈ろう。思えば、神もまた仏であったのだ。
斎院がお住みにならない御所の内は荒れていて、有栖川は、忌むべき僧の姿までも映してしまったことよ。
山家集 - 宣旨局
思いもしなかった。忌み避けてきた僧の方の伝えによって、慣れ親しんだ御所の内の様子を聞こうとは。
いつかまた斎宮の御所に斎王が大切に迎えられて、注連縄を張った御所の内の塵を払い清めることがあるだろうか。
このような世にも、光も変わらずに澄んでいる月を、見ている我が身までもが恨めしいことよ。
歌の道の風情が絶えてしまったこの折に、たまたま生き合わせた我が身こそが悲しいことだ。
敷島の歌の道が絶えてしまった中で、泣く泣くも、あなたとだけは、その跡を偲んでゆこう。
世の中を捨てて出家するきっかけはなかったでしょう。つらい事態にあなたがお遭いにならなかったならば。
あきれるほど嘆かわしいことだ。いったいどのような因縁の報いで、このようなことが起こる世なのだろう。
生きながらえたとしても、結局住み続けるべき都であろうか、そうではない。この世はええ、どうであろうとも。