金槐和歌集 - 源実朝
風が騒ぐ遠くの外山では雲が晴れたが、今度は桜の花にかげって曇る、春の夜の月よ。
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物思いにふけって眺めていると、袖までも霞んで見える。月の都の、春の夜の空よ。
故郷はかつて見たようでもなく荒れてしまった。光だけが昔のままの、春の夜の月よ。
今は誰が住み、誰が眺めているのだろう。古い都吉野の宮の、澄んだ春の夜の月を。
住吉の松の木陰に隠れながら渡っていく月が、朧に霞んでいる春の夜の空よ。
難波潟を漕ぎ出していく舟が見渡す限り遥かに遠ざかり、その彼方の春霞に消えて、北へ帰っていく雁よ。
眺めながら思うのも悲しい。北へ帰る雁が行くであろう方角の、夕暮れの空は。
北へ帰る雁の翼に花の香りが匂っているようだ。花を恨むかのように吹く春の山風によって。
奈良の山にいる呼子鳥よ、そんなにひどく鳴かないでくれ。呼んでもあの人は来ないのだから。
高円山の峰の雉が、毎朝毎朝、妻を恋い慕いながら鳴く声が悲しいことよ。
自分の妻を恋い慕って思い悩んでいるのだなあ。春の野でえさをあさる雉が、毎朝毎朝鳴いている。
浅茅の生い茂る、果ても知れない野辺に出て、故郷の人は菫を摘んだことだ。
引き返してでも見てから渡ろう、大井川の。川辺の松にかかる藤の花房を。
田子の浦の岸の藤の花房を、引き返してでも折らずには行くまい。たとえ袖は波に濡れようとも。
なんと早くも暮れてしまう春であることか。我が家の池の藤の花房が、まだ色あせないうちに。
故郷の池の藤の花房は、いったい誰が植えて、昔を忘れない形見となっているのだろう。