金槐和歌集 - 源実朝
朝の掃除をする者よ、格子を開けてくれるな。過ぎてゆく春を、私の寝室の中にしばらくとどめておこう。
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どれほど惜しんでも、今夜が明けたならば、明日からは花の色の衣の袂を脱いで替えることになるのだろうか。
これまで聞いたことはなかった、三月の山のほととぎすの声など。春が一月加わった年であったからなのだなあ。
見るだけで、はっと驚かされたことだ。夢であったかと思っていた春が、ここに残っているのだから。
名残を惜しんできた花の色の袂も、とうとう脱ぎ替えてしまった。人の心のほうが、もう夏になっていたのだ。
夏衣を裁ち着るという、そのたつきの山のほととぎすよ。早く鳴いてほしい、その声を聞きたいものだ。
春が過ぎてまだ幾日も経っていないのに、わが家の池のほとりの藤の花は、もう色あせてしまった。
わが家の垣根に咲いている卯の花がびっしりと茂るように、つらいことの多い世の中であることだ。
神を祭る卯月になると、卯の花の葉が茂るように、神に訴える憂いの言葉の数も増すのだろうか。
田植えの五月を待つ田の男たちは暇がないほど忙しく、せき止めて引き入れた水の中で、蛙が鳴いているようだ。
ほととぎすを必ず待っているというわけではないのだけれど、毎夜毎夜、目を覚ましてしまったことだ。
ほととぎすの声を聞くというわけでもなく、武隈の松ではないが、ただ待つことで夏の日数を過ごしてしまいそうだ。
初音を聞くというあてもないのに、今日もまた、山ほととぎすを待たないわけではない。
夏衣を裁って着た夏の始まりの時から、山ほととぎすの鳴かない日はない。
山の近くに住まいを構えているので、ほととぎすの鳴く初音を、私だけが聞くことだ。
夕闇でおぼつかなく心細いなかで、ほととぎすの声がもの悲しく聞こえる。道に迷っているのだろうか。