山家集 - 西行
山桜が咲いたと聞いて見に行こう。人と先を争う心はおさえとどめて。
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山桜は、ほんのつかの間に見える美しさであることよ。盛りを人々に待たれに待たれて。
花の雪が庭に積もっているので、足跡はつけまい。門のない家だと人々に言いふらさせておいて。
物思いに沈んで眺めていた、朝の長雨の降った庭の面に、花の雪が一面に敷きつめられている春の夕暮れよ。
吉野山の麓の滝に流れていく花は、峰に積もった雪の下から流れ出る水なのだろうか。
根に帰っていく花を見送って、吉野山の、夏との境にまで入り、そして出てきたことだ。
これから鳴くであろう声は、散ってしまった花の名残なのだろうか。花が散るとすぐに待たれる郭公であることよ。
春が暮れて、今度は声に花が咲く郭公よ。尋ねてゆくことも待つことも、花の時と変わらない。
まだ声を聞かずに待っている人の思いを知れ、郭公よ。聞いたあとでも、人はやはり待っているようなのだから。
場所のせいで聞きにくいのかと思って、郭公を、里を変えてでも待とうと思う。
初音を聞いたあとは、郭公を待つのも心が頼もしく感じられることだ。
五月雨の晴れ間を探し求めて、郭公が空を伝って鳴いてゆく声が聞こえてくるようだ。
郭公の声は、ふだん聞くのとは似ていないことだ。古びた山辺で聞く暁の声は。
郭公よ、山深いほとりに住む甲斐は、梢から梢へと続く声を聞くことであるよ。
夜の床を、鳴いて涙に浮かせるほどにしてほしい、郭公よ。物思いに沈む私の袖を訪ねて来るのならば。
郭公よ、月の傾いてゆく山の端に、出てきた声がまた帰り入ってゆくことだ。