金葉和歌集
あやめ草を引く手もだるくなるほどの長い根が、どうして浅いという名の安積の沼に生えたのだろうか。
詳細を見る
金葉和歌集 - 藤原公実
美しい玉江の入り江で、今日の節句のあやめを引いてきたのだろうか。磨き上げた家の軒端に見えるあやめの見事さは。
金葉和歌集 - 永縁
あやめ草よ、我が身のつらさとは引き替えて、並々ではないすぐれた姿で生え出てほしい。
あやめ草は淀野に生えるものなので、人は根をつけたまま、まるで寝ながらのように引くのだろうか。
同じことなら、きちんと整えて軒に葺きなさい、あやめ草を。乱れたままで五月雨が降ったら、雨漏りもするといけないから。
驚きあきれたことだ。昔見たなじみの里のあやめ草が、私の知らない間にこんなにも生え育っていたことだよ。
金葉和歌集 - 源師頼
五月雨のために沼の石垣を水が越えてしまい、真菰を刈るはずの場所もわからない。
五月雨は降り続いて多くの日数がたったことだ。粗末な小屋の萱葺きの軒端の下が朽ちてしまうほどに。
五月雨のために玉江の水かさが増しているのだろうか。葦の下のほうの葉が水に隠れていくことだ。
金葉和歌集 - 藤原顕仲
五月雨のために水かさが増しているらしい。沢田川では、槙の継ぎ橋が浮いてしまうほどに。
五月雨のころは、田の水口に手を加えることもせず、水の流れるままにまかせて見ていることだ。
五月雨のために入り江の橋が浮いてしまったので、その橋は川を下す筏のような気がすることだ。
金葉和歌集 - 源顕仲
夏の夜の庭に一面に降り敷いた白雪は、月が沈むときこそ消えるものであったよ。
里ごとに戸をたたくように鳴く水鶏の声がする。心が引きとめられる家がないのだろうか。
一晩中、むなしく戸をたたくように鳴く水鶏であることだ。閉ざした戸さえない柴の仮小屋であるのに。
金葉和歌集 - 藤原顕季
夏の山の裾野の草を吹く風に、季節外れにも思いがけず鹿が鳴いているのだろうか。